佐々木丸美「舞姫」より

「(引用者略)私たちの年代は下を向いて働くだけだった。子供を育てるのに精いっぱい。なりふりかまわず働いて子供たちを独立させて、残ったものと言えば老い始めた体だけ。子供の頃からきれいな服や音楽はどこか遠いひとにぎりの人たちのものと諦めてきた。テレビできれいな物語を見てカサカサの心を湿らせてきた。そうやって遊ぶことだけが若さをとり戻すたたった一つの方法だったんだよ。女の子が生まれていたら叶わなかったことを託して慰めたと思うけど、だから今でも何かもの足りなくて。子供の頃に玩具がほしくて泣いた気分が今も続いているんだよ。夕ちゃんはお人形。とびきりきれいで、生活に荒れた者にはぴったりの玩具さ。あの子にいい服を着せてリボンを結ぶ親心は、そのまま女の心の奥へつづいている。男の黎ちゃんにはわからないよ。言葉も態度も図々しくて年とったおばさん連中が、ずーっと深いところにどんなものを秘めて生きているのかなど」


佐々木丸美舞姫」84頁,講談社,1981)