探偵の精神的負債について(問題編)

探偵の精神的ハンディキャップとは -有栖川有栖の理論より

「名探偵の哀しみ」はかなり前から扱っていたテーマだが、この頃立ち上げた探偵アイデンティティ論にも対応しているように思われた。


有栖川有栖は名探偵の定型のひとつにハンディキャップを挙げている。

 ミステリにおける名探偵という存在は、全知全能の断罪者という役割を演じる。いかにも正義の味方然とした者ばかりではなく、憎めない三枚目キャラクターという造形であろうと、知能的英雄、知的強者であり、まともに書けば可愛げがない。そこで、ミステリ作家たちは、名探偵に何らかのハンディキャップを負わせるのを常套手段としてきた。卓越した能力の代償として、名探偵たちの多くは何かが欠落しているのだ。
 そのハンディキャップは、大雑把にいって身体的なもの、精神的なもの、社会的なものの三つに分類される。もちろん、そのうちのいくつか、あるいは全てを備えている場合もしばしばで、心身に障害があった場合、社会的に弱い立場に置かれがちだ。


2006「名探偵とハンディキャップ」(坂木司「仔羊の巣」創元推理文庫版解説)

この文の中で有栖川は「精神的なハンデ」を「人格に著しい偏りがある場合が目立つ」とし、シャーロック・ホームズを例に性格的な欠点のある探偵と解説した。


しかしそれらは個人に備わっている特徴であり、事件のあるなしに関わらず存在する人格である。

推理過程における精神的負債

これに対し、事件に遭遇してから解決するまでに、探偵特有の精神活動が存在する。

たとえば、

  • 環境から受けるストレスフルな精神状態を処理する能力への期待
  • 解決までの知的労働
  • 探偵役割を負うリスク(時として命を狙われたり、嫌われ役にもなる)
  • 真相を誰よりも先に受け止めること
  • 真相を関係者に解説し、伝えること
  • 労働に不釣り合いな対価(報酬の大小、または知りたくもなかった真相を得ること)

といったものである。
ここから生じるダメージは、探偵を一般キャラクタが経験することのない立場に追いやる。すなわち探偵特有の社会的孤立であり、精神的負債である。


以上のことから、探偵の精神的ハンディキャップには

  1. 個人としての人格よるもの
  2. 探偵活動に付随して課されるもの

の2種類があると考えられる。