有栖川有栖「江神二郎の洞察」

概要――「月光ゲーム」の総決算

言うまでもなく、本書は江神シリーズの短編を収め、大小の謎をそれに似つかわしく、あるいはその大きさを飛び越えるロジックで裁く傑作短編集です。
同時にアリスと江神さんの出逢いから一年間を追うことで、アリスの「名探偵観」の変遷をたどり、作者・有栖川有栖の「名探偵像」を浮き彫りにしていった本でもあります。
いうならば本書は「月光ゲーム」を媒介としてEMCの一年間をまとめあげ、ゲームに関わる悪夢を剥ぎ取るまでの総決算です。

江神二郎の探偵スタイルと人物について

江神二郎を探偵として見た時、その最大の特徴は"身近な人間のために出来る手を尽くす"というスタイルだと言えます。関係者のため、特定の目標のためではなく、"身近な人間"のためです。
これは、シリーズがアリスの一人称の体裁をとっているという面を差し引いても成立します。
特に「桜川のオフィーリア」で示した論理は、「謎を前にした人間に対し、名探偵にできることとは何か」という命題に、あまりにも彼らしく応えた作品だと思います。


圧巻のミステリ論を語る「除夜を歩く」で、江神二郎は「――アリス、お前はなんでそんなにミステリが好きなんだ?」と問います。
それに続き、ポオを諳んじるシーンで、なぜか涙が出てきました。私は本当に、ミステリを愛し、そこを居場所とする江神二郎が好きなんだと思いました。
江神さんにとっては、ミステリこそが現実と幻想と、不確かな彼自身とを繋ぐものなのだろう。それだけが、自分の想いが確かなものだと保証してくれるから、愛してるんだ。

もちろんそれは作者・有栖川有栖のロジックなのですが、"江神二郎"はそれを最も確かに、最も美しく投影することのできる人物であるのだということが、私にはとても嬉しかったです。